aNother moons

1章

そうさ、言った通りだった

哀しみは哀しみの連鎖を

憎しみは憎しみしか生まず

人を殺め 獣を傷つけ

そして世界は変わらなかった――


aNother moons



 ここは、国で一番大きな都市の中で二番目に大きな街を一山越えた小さな町、アミュレットタウン。大きな街を一山越えた、と言うからには周りを高い山々で囲まれている盆地である。こんな小さな町だ。人口は少なく、何か買うにしても店すら少なく、品揃えも悪い。そのため欲しいものがあれば、囲まれた山を越え、隣の大きな街まで買いに行かなければならない。
 そんな辺境の地で、元はモンスター退治が仕事だったが、今となってはほぼ何でも屋の「退治屋ゼロ」を営む青年がいた。
 そして今日も朝から大声が響く。

「ゼローッ!!今日もちっと手伝ってくれるー?」
 店のドアを大きく開け放ち、堂々たる態度で四十歳くらいであろう女性が入ってきた。そしてゼロと呼ばれた一人の青年が、部屋の奥にあるデスクから立ち上がり、朝からうるさいなぁ、とボソりともらしながらドアの方へ近づいてきた。

 オレンジ色が鮮やかに輝く長髪に、重力を無視しているクセ毛、緑色の鋭い目に、高い身長、いかにもだるそうで阿呆そうな表情をした彼こそが、「退治屋ゼロ」を営む主人、ゼロであった。
「今日はなんだサリハン?ジャムのビンのふた開けはもう、自分でやれよ?」
「まぁまぁそう言いなさんな。いつもギャラは払っているだろう?」
 サリハンと呼ばれたその女性は、いかにもお金なら幾らでも出せる、といった自信満々な口調でそう言った。
「はいはい分かったよ。依頼は依頼だしなあ。それで、今日は一体どんな雑用を……」
 ゼロがやれやれ顔で言いかけたが、最後まで言いきれなかった。突然店のドアがばあんと開かれ、その大音量で打ち負かされてしまったためだ。

 ゼロとサリハンは、反射的にドアを向いた。そこには、またもや大きく開かれたドアに、息を切らせている一人の女性の姿があった。

「あ……あの、ここ……依頼を受け付けてくれる、んですよね?」
 ところどころ息をつきながら、その女性は途切れ途切れに言った。
「あ、ああ。そうだが、何か依頼したいことがあるのか?」
 あまりの迫力に多少驚きながらも。ゼロは女性に歩み寄った。その時、その女性は一度大きく息を吸い込み、これでもかというほど深呼吸をした。そして、一度落ち着かせてから彼女は言った。
「はい。あ、あの、私ローマって言います。シャントンから来ました」
 シャントンとは、この町アミュレットタウンから東の山を越えたところにある、とても小さな村だ。山を越えた、とは容易に言うが、実際は整備されていない山道のため来るのには半日以上かかる。
「そんな遠くからここに来るほど大事なことがるのか?」ゼロはローマに聞く。
「ええ、もう、もう駄目なんです。どうしようにもないんです。村で勢力を尽くしました。しかしもう限界です」
 ローマは突然表情を変えた。
「どうしたんだ?村で何かあったのか?」
 ゼロが聞き返すと、ローマは一気に言った。
「はい。最近、シャントンに山賊がくるようになったんです。夜に大勢でやってきて、村を荒らしてから私達の家に入ってきたうえ、食べ物や物を盗んでいったり……村の男達が戦ったけど、とても太刀打ちできませんでした。毎晩それで辛い目にあってるんです」
 ローマの悲痛な叫びが部屋に響いた。サリハンは哀れみの目でローマを見つめている。
「そうかそうか、じゃ、早速見積もってみるか」
 そんな冷たい空気の中、何のこともなしにゼロは言った。この手の依頼はいつものことだ、と陽気に言いながらデスクへ戻り、引き出しから紙と電卓を出して何か計算していた。
「5200ガットでどうだ?」
 たーんという音を立ててイコールキーを押し、何食わぬ顔でゼロはローマに電卓を差し出した。
「は、はい。お金なら幾らでも出します。どうか、村のためによろしくお願いします」
 ローマは深々と頭を下げた。
「いいから頭を上げて。それより道案内頼めるか?」
 ゼロの前向きな返事に、ローマは嬉しそうにはいと返事をした。
 そしてすぐに支度を済ませた。と言っても今日は下見のつもりのため、最低限の武器と道具だけを持ち、店のドアには「外出中」のカードを張った。
 道無き道を二人は歩いた。たまにゼロがローマに話しかけたりしたが、ローマは特に何も喋らなかったため、必然的に無口で歩くことになった。
 終始道の険しさは変わらなかった。砂利の道はまだいい方、逆に地面が柔らかくて足がとられるような道もあった。途中、なるべく平らな位置で昼食をとり、小川を越えて少し歩くとシャントンが見えてきた。その頃には、月ももう見え始めてはいたが、あらかた夕方といったところであった。

 ぬかるんだ道を一歩踏み出すと、そこはすでにシャントンの地面であった。
「はぁー、やっと着いた……」
 天に引っ張られているかのように、ゼロは大きく伸びをした。それと同時に村を見渡すと、実にのどかな普通の村の光景が広がった。こんなにも平和そうなこの村が、夜に山賊たちによって荒らされるとは想像もつかない。

 畑では人々が作物を育て、その隣では小川が静かに流れ、小さな一軒家が建ち並び、青々とした草木も茂っている。ゼロはむしろ、こんな村に住みたいな、とまで思ったほどであった。

「ここがシャントン。私達の村です」
 思い出したようにローマは言う。そして、とりあえずこちらへ、とゼロ手招きし、目の前に広がる道を歩き出した。丁度畑の真横まで来ると、畑を耕していた人々や、その近くの道にいた人々がローマがいることに気付き、わらわらと集まってきた。ローマの近くにいたゼロは、ローマと一緒に人々に囲まれてしまった。

「ローマ!無事に帰ってきたのね!」
「大丈夫か?怪我は無いか?」
「山道大変だったー!?」
 人々はローマの周りを囲むように集まり、心配と安堵の言葉をかける。村自体も雰囲気が優しいし、この村に住む人々も優しい。ゼロはますますシャントンが気に入った。
「あれ?その方は?」
 ローマを取り囲む人々の一人がゼロに言った。
「あ、みんな!この方が『退治や屋ゼロ』の主人、ゼロさんよ!」
 ローマが大声を張り上げて皆に言うと、周りはざわついた。何せゼロは、見た目とても細身な上、体格もそこまでよさそうに見えない。人々は不安の眼差しでゼロを見つめる。

「何だよ……」
 一斉に見つめられたゼロは、思わず言葉を漏らす。
「な、なあに、心配すんなって。それに今日は下見だけなんだ。それにしてもこっちからも疑問なんだが、こんなにも平和そうな村なのに、本当に山賊が来るっていうのか?」
 ゼロがそう聞くと、回りを取り囲む人々の後ろから、一人の翁が近づいてきた。そして翁は言う。
「日が落ちれば分かる」
「長老様!」
 ローマはその翁を見ると、突然駆け出した。そして翁に近づく。
「長老様、お部屋から出てきてはいけません! お戻りください!」
「おいローマ、お客様を歓迎しないでどうする。長老であるわしが直々に懇願しよう」
 長老はゆっくりそう言うと、ゼロを向く。
「ゼロ殿、この村は私達の大切な村です。私自身この村で生まれ、この村で生涯を終えるつもり。どうか、私達の未来を守ってやって下さい」
 長老は深々と頭を下げた。そんな長老の姿を見て、他の人々も頭を下げる。
「分かった、分かったから。そういう堅苦しいの止めてくれよ。頭上げてくれ」
 ゼロは慌ててそう言う。するとシャントンの人々は頭を上げ、宿までゼロを案内した。

 そして、宿で夕飯の匂いがする頃にはすでに日が落ちていた。ゼロの近くにいた長老は、そろそろやってきます、と一言言った。
 はっとしてゼロは外に出る。すると、初めてシャントンに来たときの光景とは打って変わって、家の電気は消え、外には誰一人として居ず、村全体が静まり返り、暗黒の世界と化していた。
「なんだ……」
 ゼロは思わず呟いた。あんなに平和だった村が?こんな闇の村に?ゼロは思わず目を疑った。
「家の中では、村の人々が身を縮めて隠れています」
 長老は、ゼロの背後から言葉をかける。
「!?」
 その瞬間ゼロは音を感じた。何かが来る、何か、邪悪な気配を感じた。
「長老さん、アンタも隠れてな」
 ゼロは背中で語ると、少し前へ出た。そして、右の腰にある剣に左手で触れる。彼は左利きのため、構えには若干の違和感があった。
 ピュウと風の音が聞こえ、ドドドドという謎の音も聞こえる。その時、後ろの草むらが音を立てた。ゼロは即座に振り返り、草むらに目をやる。

 ――ついに山賊のお出ましである。

(……人かッ!)
 師範の教えで、人は斬らないというポリシーがあるため、山賊が人だと剣で戦うことが出来ない。
 暗闇の中、草むらから続々と飛び出してくる影を、よく目を凝らして見る。人ほどの背丈、人のような容姿、そして頭には……猫のような耳がついていた。
(ヤマネコ族か!?)
 ゼロはずっとそのまま立ち尽くしていたが、暗くて見えないのか山賊たちには居ることが知られていないようだった。しかし、そんなことを思って油断していた所為かちょっと草むらから目を放したとき、グイと身体が後ろに引っ張られ、山賊の腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「うわぁッ!」
 髪の毛を思いっきり引っ張られたため、上手く身動きが取れない。
「貴様、見ない顔だな。この村の人間じゃねえのか?」
 山賊はどすのきいた声で言う。とても大柄な男であった。
「オイ、放せ……」
 ゼロは山賊の言ったことなど無視して、みぞおちに肘鉄を食らわした。

「うッ……!」
 みぞおちを突かれた山賊は、あまりの痛みでゼロを放してしまった。ゼロはその隙を逃さず、腕からするりと抜けて畑の方へ走り逃げた。
「はあ、はあ、ってーなアイツ……髪の毛抜けたよ」
 息を切らせて畑まで来たゼロは宿の方を見た。そして彼は驚いた。なんだこの大群は!ゼロの予想をはるかに上回る人数の山賊が、村を縦横無尽に走り回っている。
「ちょっと……これはキツイかな……」
 ゼロがふとそんなことを考えると、宿のほうから声がした。
「おーい!みんなー!!向こうに人間がいるぞー!!」
 それは、さっきの大柄な山賊の声であった。仲間にゼロの存在を知らせているのだろう。それを聞いた山賊たちは、一斉に畑のほうを向いた。

 ――そしてゼロは全速力で走り出した。
 

 ゼロは今、夕方にローマと歩いてきた道を逆に走っている。もう、すぐ後ろには山賊たちが必死の形相で追いかけてくる姿が見える。流石にヤマネコの族だけあって、とても足は速い。ゼロはもう追いつかれそうだったが、力の限り走り抜けて森を出た。
「はあ、はあ、はあ、なんでだ……」
 森を抜けると、道を間違えたのか大きく視界の開けた崖が広がった。しかしすぐ後ろには山賊たちが追ってきているため、仕方なく崖の端まで逃げた。
 その崖は、今にも崩れ落ちそうな危なっかしい雰囲気だった。そしてついに、ゼロは山賊たちに追い詰められてしまった。
「お前、うちの者と遊んでくれたらしいな」
 族の長のような風貌の一人が言った。
「自己防衛だ」
 息を切らさぬよう一言でゼロは答えた。
「何であろうと死んでもらう。オレたちゃ人間が大っキライなんでなァ。皆、やっちまえ!」
 

 その一言で、山賊全員がゼロに向かって攻撃を仕掛けてきた。もう逃げ場は無い、助けも無い。そう悟ったゼロは、一人山賊に立ち向かった。

 こんなつもりではなかった。下見のつもりで来た為、ろくに武器は持ち合わせていない。それでなくても、人に刃を向けるのは己の信念に反すため、素手で戦うことになった。
 

 相手は、ナイフやハンマーなどの鈍器を持ち、ゼロに攻撃をしてきた。人数が多いため、ゼロは防戦一方となってしまう。隙を見ては蹴りや突きを食らわすものの、どんどん相手が後ろから押し寄せてくるだけで何一つ進歩は無かった。それどころか、段々ゼロの体力が無くなってきて身体がくじけそうになってきていた。
「はあ、はあ……これ……多すぎだろ……」
 ゼロは崖の端の端にまで追い詰められてしまった。一歩でも後ろはゴツゴツとした岩肌の谷底。落ちて助かりたいなら、人間やめなくてはならない。
 絶対絶命であった。目の前の山賊は、ゼロに向かって勢いよくナイフを突き出す。攻撃をゼロはしゃがんで避けると、その山賊は勢い余って崖の外へ放り出された。
「あっ!」
 それを見てゼロは思わず叫んだ。すると、突然身体が大きく揺らいだ。何だと思い向き直すと、なんと大勢の山賊たちの重さに耐えられず崖が崩れ始めていたのだ。
「うわっ!」
 いち早くその異変に気付いたゼロは、皆が気付き騒ぎ出す前に間一髪、一人陸地へ飛び移った。そして崩れる崖の方を見ると、さっきまでは仲間で協力してゼロを殺そうとしていた山賊たちが、自分だけが生き残ろうと必死にもがく姿があった。仲間を見捨て、我先にと人を利用して崖から這い上がろうとするその姿は、とても皮肉なもので、醜い……

 所詮人はこんなものだ。自分だけよければ、それで……

 痛々しい彼らに、ゼロは思わず手を差し伸べようとした。しかし、今手を出したところで、自分が巻き添えになるだけ。崩れゆく崖と、崩壊に伴い崖の下へと落ち行く山賊たち…… どうすることもできずに、彼はただ立ち尽くしてじっと見ていた。そして、皆が皆争った挙句に、山賊たちは誰一人として助からなかった。完全に崩れ落ちた崖の跡を見つめて、憂いの表情でゼロは呟いた。

「殺すつもりは……無かったんだ……。ただ、話し合いで平和に解決できたら……」
 自分が山賊たちを殺した。そんな勝手な罪悪感にまみれた彼は、自分に罪が無いと悟りたくて誰に言うわけでもなく小さく言った。
「甘いね」
「!?」

 誰もいるはずの無いこの空間で、小さな声が聞こえてきた。
「誰だ!!」
 不安と焦りの声でゼロは叫んだ。すると、木々の茂った森の方から人影が近づいてくる。その影から目を放さずゆっくりと見つめ、彼は身構えた。


――ヤマネコ族だ!!


(まだ残っていたか……!)
 また殺しにかかってくるのではないかと、ゼロは完全に体勢を直した。しかし、目の前の相手は一向にそんな素振りを見せない。それどころか、敵意は無い、とでも言いたげに両手を上げている。
「ボクはキミに攻撃するつもりは無い。さっきの大群と一緒にしないでくれ」
 目の前のヤマネコ族の少年はそういいながら両手を下げた。
「なんでだ?一緒にしないでくれとはどういうことだ」
 ゼロは若干疑い気味に聞く。すると少年はすっとしゃがみこみ、固い砂だらけの地面に右の手のひらを置いた。
「どうした?」
 その謎の行動に、ゼロは驚きつつ上から覗き込んだ。

「……うわっ!!」
 彼が見た瞬間、突然水色の光が溢れ出した。その輝きは眩しすぎてまぶたを開くことも出来なかった。ゼロはその光に首でも絞められたのかのように苦しそうに言う。
「おい……お前……なんだ、これは!」
 苦しい声で問いかけるゼロに、ある意味残酷にその少年はいいかえした。
「これが、理由」
 光溢れるその固い地面からは、細くて華奢な少年の腕が伸びていた。そしてその腕もまた、灰色の長袖の内から光がこぼれているように見える。
「理由って、何の理由だよ!」
 光に若干目が慣れてきたゼロは、輝きの発生源をよく観察しながら言った。地をよく見ると、どうやらただ光っている訳ではなさそうだ。細い線のようなものが光を発している。その光る線は、全体的には円の形をしていて、円の中にはなにか文字のようなものが書いてあるようだった。しかし、異国語を全くと言っていいほど知らないゼロはその文字が読める訳もなかった。
「理由……さっきお前が自分で聞いたじゃないか。もういい」
 少年は顔色一つ変えずに言い放つと、地面から手を話して去っていった。
「……ッ、あっ!まっ!」
 待って、と引き留める間もなく、謎の少年は姿を消した。

 気づけばもう、太陽の光溢れる明け方となっていた。その暖かい光に後押しされながら、ゼロはそのままシャントンへ戻り、長老にその旨を伝えた。山賊は全員死んだ、と。その瞬間、暗かった住人たちの表情ががらりと一変し、ゼロは一気に胴上げされた。
 その後は、長老の提案で記念パーティーをすることになった。村の農産物の全てをふんだんに使い、村の平和とゼロへの感謝の盛大な宴となった。

 これでゼロは依頼完了……のはずだったが、一つ心残りになることができてしまった。それは勿論、例のヤマネコ族の少年。すべてが謎に包まれたまま、姿を消してしまった。
「ゼロさん、本当にありがとうございます」
 半分上の空でそんなことを考えていると、ローマの声が大きく響いた。
「あ、ああ。気にすんな」
 何も考えていない頭で咄嗟に作り上げた単語を並べて答え返したゼロは、何か彼女は知らないかと思い、訊いてみた。
「なぁ……なんか、こんなの知らないか? 円の中に変な文字みたいなのが描いてあって、それが青く光るんだ」
「変な文字が光る?」
 ゼロの下手糞な説明に、ローマは絵に描いたような困り顔をした。
「あ、あ、ごめん……そういうのを、手から出してる奴がいたんだ」
 少しの間、彼女は何か考え込み、やがて顔を上げた。
「もしかして、それ魔方陣かもしれません」
「まほうじん?」
 知らない単語が出てきて、二人の表情は逆転した。
「ええ、実際のものはテレビでしか見たことが無いけど、文字で式を書いて組み立てて、魔法を発動させることができるのよ」
「はぁ……」
 自分には到底理解できそうにないようなことに、思わず彼はため息をついた。
「ま、まあ、ありがとな」
 ゼロは軽い笑みを浮かべ、その場から離れて昨夜の崖へ向かった。

 もしかしたらあの少年がいるかもしれない。心残りのあるまま帰ることはできない気がした。ゼロは段々と歩く速度が速くなり、ついには気づけば走り出していた。足元の草木を乱暴にかきわけ、昨日山賊たちが落ちていったあの崖に出た。相変わらず崖は無残な姿でいた。しかし、例の少年は、いなかった。
「い、いない……」
 きっといるだろう。そんな自身が何故かあった。自分ではそういう気がした。しかし、突然に現実を突きつけられて、あての無い喪失感に立ち尽くすしかなかった。
「やっぱ、そうだよな……」
 このまま立ち尽くしても、少年に会えるわけでもない。自分に諦めをつけ、ゼロはゆっくりとシャントンへ戻った。

 宴は夕方まで続き、落ち着いたところでゼロは帰る準備をした。
「ゼロー!もう帰っちゃうの!」
「ゼロ兄ちゃん行かないでー!」
 村の子供たちのヒーローになってしまったゼロは、子供たちに惜しまれながらも帰路を急いだ。
「あ」

 その時、ふとゼロは思った。山賊たちがやってきたのは山の上。そっちの方に行けば、もしかしたらいるかもしれない。

 そう思ったら止まらなくて、本当に誰もいないのかの確認という名目で山の上に行くことにした。
 道中、山賊のものだと思われるものが転がっていたり、足場の悪い道、モンスターなどもたくさんでてきた。疲労も溜まり、足が棒になってきたころにやっと山頂までたどり着いた。その場を少し見渡してみるも、やはり少年はいなかった。それどころか、人っ子一人気配が無かった。しかし、コップや木を切っただけの机。盗んできたであろう毛布やほら穴など、ここに山賊たちが住み着いていたことが分かるような物が、生々しく置かれていて気味が悪かった。
 しかし、人は誰もいない。とんだ無駄足だったか、と疲れた脚で来た道を戻ろうとした。
「誰?誰かいるの?」
 今まで微塵もなかった気配が、一気に溢れ出した感覚に陥った。思わずゼロは、声のするほうを振り向いた。
「あっ!」
 すると、そこにいたのは、紫色の髪、猫のような耳、灰色の長袖の服。紛れも無く、あの時の少年だった。
「あっ、あのっ……!」
 思わず突然に話し掛けようとして、途中でつぐんだ。
「ああ、お前か。何か用か?」
 思いのほか素っ気無い少年の返事に、そして自分が何かを伝えようとしてここまで来たわけではないことに気づき、返す言葉が見つからず困ってしまった。
「あ、あ、お、お前、お前がが昨日出した変な光。あれ、魔方陣っていうんだろ?」
 必死に話すことを考えた挙句、あわただしくゼロは訊いた。
「ああ、そうだけど」
 必死に話すことを考えたのにも関わらず、いとも簡潔に返されてしまって、そのままその場は凍りついた。
「あ、うん……それだけ……」
 どうすることもできなくて、もやもやとしながらゼロは帰ろうとした。

「ボクは」
 砂利の坂道を踏みしめたとき、元々何かを察していたかのように落ち着いて少年が言った。
「ボクは見ての通りヤマネコ族。さらにあんな変な能力をもっているんだ。そしてこの腕。ボクが差別されて当然だ」
 そう言うと少年は、長い袖をまくった。すると、その細い腕には異国語と思われる文字の羅列が、黒くびっしりと刻まれている。
「うわぁ……」
 思わずゼロは、その痛々しさに声を漏らした。
「……十分だろ。これで、これでまたボクのことを拒絶する人が増えただけだ」
 そう異って、少年はその場から立ち去ろうとした。拒絶?また一人?二度も見失うわけにはいかない。そう思って、ゼロは心のままに呼び止めてしまった。
「ま、待った!一人増えたってどういうことだよ!?オレはそんなことで人を判断したりしねェぞ!?」
「嘘だ!今だって変な奴だと思っているくせに!」
 今まで静かな話し声だった少年が、唐突に大きな声を出して反論した。
「そんなことない!」
「ボクは人間が嫌いだ!人間もヤマネコ族も大嫌いだ!もう誰も信じない!」
 少年とのやり取りは、少し緊迫したものになってきた。これでは和解できないと思い、ゼロは優しく話し掛けることにした。
「お前、名前はなんてんだ?」
「名前……?は、そんなものはボクにはない。ボクのことを呼ぶ人なんていないんだからな」
「親はどうしたんだ?」
「そんなの知らない。名も付けずに、ボクの能力を見て勝手に行方をくらましたよ」
 さっきよりも冷静さを取り戻した少年は、皮肉っぽく淡々と言葉を発した。そんな過酷な境遇を過ごしたのか。ゼロは哀れみを持ちつつも、それを声に出そうとは思わなかった。この少年は今でもきっと辛い。例え嫌われていたとしても、一緒にいた同じ族の皆は全員死んだ。表では清々したと言っておいて、内心は少なからず寂しい。そんなたちなんだろう。
「よーし!今日からお前の名前はイチだ!」
「!?」
 気が付いたら、ゼロはそんなことを言っていた。もちろん、突然の提案に少年は固い顔面がはちきれそうなほどに目を見開いていた。
「オレがゼロでお前がイチ。文句無いだろ?」
「何……それ……」
 たった今イチと名付けられた目の前の少年は、とても嫌そうな顔をした。なのにどこか、嬉しそうに見えるのは気のせいか。
「なあ?お前行くあてないなら、オレの住んでる村にこないか?町長に頼んでみるよ」
 イチは少し目を反らしたが、やがて向き直り、うんとうなずいた。
「あ……今更だけど、オレ、ゼロ。その町で何でも屋やってんだ。よろしくな」
 そう言ってゼロは手を差し伸べ、握手を求めた。が、イチはあからさまに身体を反らした。
「お前……ネーミングセンス……無い」
「なっ……!」
 冷静にそんなことを言われて、ゼロはイチの頭をゴチンと叩いてから山道を降りていった。

 aNother moons(ゲーム版)の原案として書いた小説です。
ぶっちゃけこれ以降書いてないのでこれで終わりですwwwサーセンww

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